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黒板  

日本では、明治時代初期に寺子屋などで使われていた塗板が原点と言えるだろう。
明治5年、学校制度の開始と同時に、アメリカから「ブラックボード」が大学南校(東京大学の前身)に持ち込まれた。

明治7年、新しい授業制度が始まり、それに伴い黒板も明治10年頃には全国に広がった。名前も「ブラックボード」から「黒板」に変わった。
明治7年〜9年、国産初の黒板が製造される。当時の黒板は、簡易的なものとして墨汁を塗った上に柿渋を上塗りしたもの、あるいは硫酸鉄と煎液を混合して塗ったものだった。
大正初期、それまで黒板は仏壇屋や漆工芸屋などが作っていたが、このころ黒板専業メーカーが出現し、その技術の高さから朝鮮や満州など海外にも多く知られるようになった。
太平洋戦争前後、黒板の命ともいえる輸入品の漆が入手困難となり、黒板メーカーが材料調達に苦労した時期である。

昭和27年、日本工業規格(JIS)表示工場の許可(資材の調達方法までが含まれる)をめぐって黒板工業連盟が結成された。
昭和29年、JIS規定により、塗面が黒から緑に変わった。
昭和30年ごろ、学校の構造が木造から鉄筋造に移り変わる時期で、黒板が全国的に広がった。

現在、黒板は以前より簡素化し、以前は手作業で製造されていた研ぎ出し黒板は、板面が焼付け塗装・ホーローのものが主流になってきている。フレームも木枠からアルミ枠に変化し、より使い易く、耐久性に優れたものになっている。

小学校など生徒と教師の身長差が大きい場合や、車いすでの使用を考慮し、教育機関では壁に設置された黒板をハンドル操作により上下に動かすことができる可動黒板が採用されることも多い。この場合、最終帰宅者若しくは日直が黒板を一番上(もしくは一番下)に移動させてから帰宅する習慣となっている場合があり、その理由として可動装置の延命をあげる場合があるが、この習慣と可動装置の寿命との因果関係は明らかではない。

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