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テレビ会議

1945年2月にソ連クリミア半島のヤルタで行われた、F.ルーズベルト(アメリカ)・チャーチル(イギリス)・スターリン(ソ連)による首脳会談。

連合国の主要3カ国首脳の会談が行われた結果、第二次世界大戦後の処理についてヤルタ協定を結び、イギリス・アメリカ・フランス・ソ連の4カ国によるドイツの戦後の分割統治やポーランドの国境策定、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国の処遇などの東欧諸国の戦後処理を発表した。
併せてアメリカとソ連の間でヤルタ秘密協定も締結し、ドイツ敗戦後90日後のソ連の対日参戦および千島列島、樺太などの日本領土の処遇も決定し、これがその後も日本とソ連(現在のロシア)両国の間の長年の懸案となった、いわゆる「北方領土問題」の原因となった。

常任理事国

第二次世界大戦の終焉(しゅうえん)間際、黒海沿岸のヤルタに於いて、連合国のチャーチル(英)、ルーズベルト(米)、そしてスターリン(ソ連)の三巨頭会談が行われた。敗戦・枢軸国(日・独・伊)に対する戦後処理・協議のためである。
 主宰者の大役を終えたチャーチルは、控室の一角で、鞄(かばん)からブランデーを取り出した。スニフター(ブランデーグラス)に注がれた琥珀(こはく)色のコニャック。今度は、コートのポケットから葉巻を。極太のハバナだった。吸い口をコニャックで濡(ぬ)らして火をつけ、ゆったりとくゆらせ始めた。極上の酒と煙草の豪奢(ごうしゃ)で芳醇な香りが、周囲に拡がった。
 スターリンが顔を覗(のぞ)かせて言った。「ブランデーなら、我が陣營のほうが断然旨(うま)い−−と思うがねぇ」と。チャーチルは「それ程自信がお有りなら、眞の世界一決定戦を、いま、ここで、私の舌で、ジャッジしてみよう」と應(おう)じた。
 チャーチルの酒とスターリンの酒が飲み較べられ、チャーチルはスターリン酒に軍配を上げた。スターリンは大いに歓(よろこ)び、「貴殿が世界一と認定されたブランデーを、もし宜しければ終生お贈りさせて頂こう」と述べた。スターリンは1953年に没したが、チャーチルが90歳で大往生を遂げた1965年まで、東西冷戦のさなかにもこの約束は守り通された。これこそ、アルメニアが誇る銘酒「アララット」であった。

参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
毎日新聞 2006年9月23日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/hokkaido/longevity/
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